Last of the 2022 Research
HSPの研究動向2022ラスト
By Elaine - 15 Comments
2022年に行われた研究の紹介もいよいよこれでラストです。今後は新しい研究をひとつだけ選び、それについてみなさんにお話したいと思ったことを書くことにしたいと思います。
ではお約束通り、残りの2022年の優れた研究を紹介していきますね。興味をそそられる方もいれば、もう十分と思っている方もいるのではないでしょうか。ただ繰り返しますが、みなさんはタイトルや”まとめ”を読むだけでかまいません。何よりも、私たちHSPのことを科学の世界に知らしめてくれる、こうした研究が行われていることをみなさんに喜んでほしいのですから!
※訳注:カッコの中の日本語タイトルは、訳者が便宜的に訳したもので、このような日本語のタイトルがあるわけではありません。コピー&ペーストして検索する際は、英語のタイトルのみコピーしてください。
1.Sensory processing sensitivity (SPS) and axonal microarchitecture: identifying brain structural characteristics for behavior.
(感覚処理感受性(SPS)と軸索微細構造:行動における脳の構造的特徴の特定)
David, S., Brown, L. L., Heemskerk, A. M., Aron, E., Leemans, A., & Aron, A. (2022). Sensory processing sensitivity and axonal microarchitecture: identifying brain structural characteristics for behavior. Brain Structure and Function, 1-17.
この研究は、これまでとはまったく異なる手法を用いて、感覚処理感受性(SPS:HSPの専門用語)の高い人たちと低い人たちの脳がどれだけ違っているかを明らかにしたもうひとつの例です。これまでの脳の研究やSPSの研究では、主に機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いてきましたが、今回の研究では新しい手法、拡散テンソル画像(DTI:軸索の水分子の拡散を測定)を使って、“神経軸索の微細な構造の違い”、別の言い方をすると脳内の白質の違いを探っています。これによって安静時、つまり何もしていな時に脳がどの程度機能しているかがわかります。
我々は、Human Connectome Project(HCP)のデータベースに登録されている408名のデータを利用しました。別名Young-Adult Human Connectome Projectと呼ばれる国立衛生研究所が創設したフリーのデータバンクのことで、このバンクからDTIを実施した1200人の健康な若者の正常な脳の神経回路マップを得ることができます。さらに登録されている参加者は心理テストを数多く受けており、そのすべてのデータを研究に利用できるようになっています。もちろんHuman Connectome Projectの参加者はHSP尺度(※)を受けていません。そこで我々は、彼らが答えた別の質問表の中からSPSの測定にふさわしいと思われる個別の質問項目を利用し、HSP尺度の”代理”となるSPS質問表を作成しました(この”代理”HSP尺度は、あらかじめ多くの人にHSP尺度と一緒に受けてもらい、HSP尺度と高い相関性のあった項目だけを最終的な代理尺度として採用しています)。
では結果はどうだったか? HSPとHSPではない人たちの、特定の皮質領域における白質部分の神経微細構造の違いは、これまでのfMRIの研究でわかったものと合致していました。さらに、新しく同定された脳のいくつかの領域にも、違いがあることがわかりました。その領域とは、注意、認知の柔軟性、共感、感情、そして感覚を処理する最初の段階、つまり一次聴覚野に関連する領域で、これらの違いはすべて、私たちがHSPのことを知っていれば当然予測できるものばかりでした。
まとめ:SPSの特性を持つ人とそうではない人の脳は、画像の上でも行動の上でも異なることがこの研究において改めて示されました。つまりSPSの特性が確実に存在することが改めて示されたのです。それもこの上なくシンプルに。
※訳注:尺度(スケール)とは心理測定などで用いる評価基準のこと。質問形式で項目が並んでいる。これを質問表の形にして、誰にでも答えられるものにしたものがHSPセルフテストである
2.Emotional Contagion and Mirror System Activity in the Highly Sensitive Person.
(情動伝染とHSPにおけるミラーニューロン系の活動)
Ishikami, Y., & Tanaka, H. (2022). Emotional Contagion and Mirror System Activity in the Highly Sensitive Person. In International Symposium on Affective Science and Engineering ISASE2022 (pp. 1-4). Japan Society of Kansei Engineering.
HSPは共感性が高いと考えられています。しかし質問紙による共感性の測定は正確性に欠ける可能性があることから、この研究の研究者たちは質問紙に頼らない2つの方法で共感性を評価しました。ひとつは、脳電図(electroencephalograph:EEG)を用いて(共感性の特定の側面を示す)ミラーニューロン系の活動を測定する方法。もう一つは、情動伝染(共感性の別の形)を調べる方法です。
ミラーニューロンを測る実験では、実験参加者たちは人がカップを持ち上げるビデオを見せられました。すると、HSP尺度の点数が100、もしくはそれより高かった参加者たちは、ビデオを見ている間”50%もしくはそれ以上の事象関連脱同期(※)“を示しました。これは彼らが他者の動きに反応して、ミラ―ニューロン系がより強く活動をしている(もしくは、実際に行為で示さなくても頭の中でミラーリングしている)ことを示唆しています。
情動伝染を調べる実験では、幸せな表情の画像を見せた時、HSP尺度の高かった人たちの脳はα波の減衰を示しました。α波は非覚醒と関係しているので、幸せな表情の画像はHSP脳の覚醒を強め、α波を弱め、幸せな感情を誘発したと推察できます。ただ興味深いことに、自然な表情や悲しい顔ではこうはなりませんでした。
結果、この2つの実験においてHSP尺度の点数が高ければ高いほど、ミラーシステムの活動レベルや、他者の幸せな表情への感情反応の度合いが高くなることがわかりました。これらはすべてHSPの共感性の高さを示唆しています。しかも質問紙を用いることなく示されたのです。
まとめ:ここでも再度、脳の活動を測定する方法によってこれまでの質問紙法と同じ内容が示されました。つまり、私たちは共感性が高く、他者のポジティブな感情により強くポジティブな反応をすることが今回の実験でも裏付けられたのです。
※訳者注:事象関連脱同期/同期とは、脳の情報処理の重要な指標として、事象に関連した脳電図の各周波数帯のエネルギーの変化を測定する技術のこと。脱同期は、感覚処理および運動行動と結びついて、ある周波数帯(特にアルファ帯)のパワーが減少することを指す。例えば安静時に出現するα波が減衰(=脱同期)すれば、集中力が高まったり不安な思考をしていることになる。この実験では、相手の行為を模倣した際(ミラーリング)にα波が減衰したので、ミラーニューロン系が活発に活動したと考えられる(参考サイト:EMF-Portal )
※訳者より:この論文は日本人の石上友那氏、田中久弥氏による研究です! この研究により石上友那氏は日本感性工学会でPresentation Encouragement Awardを受賞しています:https://www.jstage.jst.go.jp/article/isase/ISASE2022/0/ISASE2022_1_20/_article/-char/en
3.Variability in the Relationship Between Parenting and Executive Functions in Early Childhood: The Role of Environmental Sensitivity.
(幼少期における子育てと実行機能の関係の変動性:環境感受性の役割)
Oeri, N. S., Kunz, N. T., & Pluess, M. (2022). Variability in the Relationship Between Parenting and Executive Functions in Early Childhood: The Role of Environmental Sensitivity. OSF Preprints
実行機能とは、計画を立てる、注意を集中する、指示を忘れない、必要な時にマルチタスクができる能力のことで、この実行機能が著しく低い場合は注意欠陥障害となります。この研究では、子育てに深く関わったと報告する親を持つHSCでは実行機能が高く、体罰を用いたと報告する親を持つHSCでは実行機能が低くなることがわかりました。なお、敏感ではない子どもの場合はこのような影響は見られませんでした。これは感受性差理論(※)のわかりやすいケースだと言えます。
まとめ:この結果は予想していた通りでした。罰におびえ、常に神経の高ぶりすぎを起こしている子どもは実行機能を発達させることが難しく、反対に、サポートを感じ、親に安定した愛着を持っている子どもは、自分のしていることに集中することができる、ということです。
※訳注:この「感受性差(理論)」という言葉には、いろんな日本語訳があります。「差次感受性(理論)」「感受性反応(理論)」などの訳がありますが、原語は「differential susceptibility」で、“differential”は”差、違い”、 susceptibilityは” 影響を受けやすいこと、感受性が鋭いこと、多感であること”を意味します。つまりHSPは”影響の受けやすさに差がある”という意味です。このサイトではシンプルに感受性差と訳しています。
4.The relation between sensory processing sensitivity and telomere length in adolescents.
(感覚処理感受性と青年期のテロメアの長さとの関連性)
Jentsch, A., Hoferichter, F., Raufelder, D., Hageman, G., & Maas, L. (2022). The relation between sensory processing sensitivity and telomere length in adolescents. Brain and Behavior, 12(9), e2751.
テロメアは染色体の末端にある繰り返し配列をもつDNAのことで、時間の経過とともに自然に短くなっていくことから、テロメアの長さ(TL)は細胞老化のバイオマーカーとして考えられています。一方で、TLの短さはストレスや特定の性格特性とも関連性を持っています。このような性質から、若年層においてはあまりテロメアの研究はされてこなかったのですが、ドイツの中等学校の13~16才の健康な若者82人を対象としたこの研究では、HSP尺度の点数が高かった生徒ほど、短いテロメアを持つ可能性があることがわかりました。HSPの性格特性が単にTLと関連しているのかもしれませんが、もしストレスが原因であるならば、公立学校に通うHSPの若者は、う~ん、確実にストレスにさらされているということになるでしょう。
まとめ:この研究結果は、ハイスクール(※)のHSPの生活改善の必要性を意味している。また私たち大人はぜひともその改善に力を入れなければならない。
※訳注:ハイスクールはアメリカでは14~18歳の生徒が通う中等学校のことを指す。
5.Investigating the relationship between sensory processing sensitivity and relationship satisfaction: Mediating roles of negative affectivity and conflict resolution style.
(感覚処理感受性と関係満足度との関係調査:ネガティブな感情と葛藤解決スタイルの媒介的役割)
Zorlular, M., & Uzer, T. (2022). Investigating the relationship between sensory processing sensitivity and relationship satisfaction: Mediating roles of negative affectivity and conflict resolution style. Current Psychology, 1-10.
この研究では、少なくとも24カ月恋愛関係にある(未婚もしくは同棲していない)18~25才の200組のトルコ人カップルを対象に調査を行いました。結果、ネガティブな感情を持つ、あるいは葛藤解決能力の低いHSPの場合、関係満足度が低くなる傾向があることと、SPSのスコアが高い人ほどネガティブな感情を持ちやすいと、研究者たちは強調しています。ただし、研究者たちは、ネガティブな感情を統計的にコントロール(※)した場合、すなわち、誰にとっても(ネガティブな感情というものを)同一にした場合、SPSと人間関係の不満や満足度の間には相関がなくなることは指摘していません(また研究者たちは、幼少期の環境からくる影響も調べ、幼少期の環境が、SPSと恋愛満足度の関係を媒介しなかったとしていますが、幼少期を測る尺度としては不十分です)。
まとめ:恋愛中のHSPがネガティブな感情や、低い満足度を持つことにはいろいろな要因が想像できます。しかしこの研究では、HSPというだけで、恋愛関係で幸せになることを妨げるものではないということがわかりました。
※訳注:この記述は統計で言うところのコントロール変数(参考URLhttps://jinji-labo.com/pa-variable/)のことを言っていると思われますが、訳者は統計の専門家ではないので、もし間違いがありましたらご指摘いただけますと幸いです。
※訳者より:この論文に対するアーロン博士の”まとめ”はかなり持って回った(というか逆説的、裏命題的な)書き方になっています。なぜこういう書き方をしているかについて、訳者が感じたことをすこしつけ加えたいと思います。この論文の要約を読むと、研究目的が“HSPであることそのものが、恋愛関係において否定的になる要因(=リスクファクター)”なのか、それとも”HSPは、悪い環境からはより悪い影響を受けるが、良い環境からはより良い影響を受ける(=感受性差仮説)“のかを明らかにすることだと書かれています。そして後者こそアーロン博士の支持する説であり、このブログで紹介している多数の研究結果がそれを裏付けているにもかかわらず、この研究では、前者を支持する結果が示されました。つまり、幼少期の環境に関わらず、SPSのスコアが高い(=HSP度の高い)というだけで、恋愛関係における満足度が低くなる結果が示されたのです。しかし、アーロン博士はこのような結果が出たことに対して、統計的コントロールや幼少期の影響を測定する尺度が不十分だったからではないかと疑問を呈しています。ゆえにアーロン博士はこのような書き方をしているのではないかと訳者は推測しています(※この研究結果には様々な解釈が可能かもしれません。たとえば、恋愛関係満足度に幼少期の環境が影響しないのであれば、HSPが悪い環境を経験していたとしても幸せになれる可能性があるとも解釈できます)。
6.Environmental Sensitivity in Adults: Psychometric Properties of the Japanese Version of the Highly Sensitive Person Scale 10-Item Version.
(成人における環境感受性:10項目のHSP尺度日本語版による心理測定学的特性)
Iimura, S., Yano, K., & Ishii, Y. (2022). Environmental Sensitivity in Adults: Psychometric Properties of the Japanese Version of the Highly Sensitive Person Scale 10-Item Version. Journal of Personality Assessment, 1-13.
この研究の最も重要な部分は、タイトルからはうかがい知ることができません。研究者たちは彼らの作成した10項目のHSP尺度の妥当性を検証するために、この論文で紹介している一連の4つの研究の最後で、実験協力者たち(東京の大学生85人)にポジティブな感情を喚起する短い動画を視聴してもらい、どれくらい幸せにもしくは悲しくなったかを測定しました。すると、HSP尺度で得点の高かった人だけが、動画の試聴後よりポジティブな感情が高まることがわかり、彼らはこれをヴァンテージセンシティビティ(優位感受性)(※)の一例であるとしています。
まとめ:これまで神経症的傾向やネガティブな感情が、数えきれないほどHSPに結びつけられて議論されてきました。ですが平均化してみれば、私たちHSPは他の人たちよりもポジティブな経験をしているということです!
※訳注:マイケル・プルースとジェイ・ベルスキーによって提唱された理論。ポジティブな環境や経験に対して、そこから恩恵を受けやすい人たちと、あまり受けない人たちがいるという、個人の反応に差があるとする理論。vantage(ヴァンテージ)には、優位・有利・利益という意味がある。似たような理論に環境感受性があるが、環境感受性がネガティブ・ポジティブの両方を含めた環境に対する個々の感受性の違いを説明するのに対して、優位感受性はポジティブな刺激に対する反応差に注目する。
※訳者より:この論文は、日本人の飯村周平氏、矢野康介氏、石井悠紀子氏らによる研究です! この研究の概要は日本語でも読めますので興味のある方はぜひご覧ください:https://www.rikkyo.ac.jp/news/2022/02/mknpps000001uivw.html